新生活も落ち着き、近隣のお店のリサーチを始めた。近くにあった寿司居酒屋は気になっていたお店の一つだ。先日ついに行くことができた。
まず僕は瓶ビールとお刺身の盛り合わせを注文した。
ほどほどの鮮度のお刺身が運ばれてきて、僕はほっと一安心した。1本目の瓶ビールがなくなりそうだった時に、突如として店員とお客が騒ぎ始めた。男も女も叫んでいる。店長は肘まであるゴムて袋をバックヤードから持ってきて、大きな箒を構えて敵を追いかけ始めた。どうやらゴキブリが発生してしまったらしい。結構綺麗な店内なんだけど、やっぱりいるところにはいる。僕はしばらくその様子を見ていたが、全員があまりに怖がり過ぎておりイライラし始めた。虫の1匹や2匹で何をそんなに騒ぐ必要があるんだ。ビールを置き、ゴキブリがいる場所に歩いて行って、素手でゴキブリを捕まえて怒りを込めて店の外にぶん投げた。
店の中は歓声に包まれ、僕は英雄になった。
店長は次から次へと料理や瓶ビールを運んでくれる。隣のお客さんが別のお酒を奢ってくれたりもした。グラスが空くと、店長がバイトの子に声をかける。「お注ぎして!!」
英雄扱いされるのは初めてだったから、とても気分よかった。ゲームなんかで強い勇者が街を苦しめる敵を退治した時は、きっとこんな感じなんだろうなと思う。それにしたって、ゴキブリ1匹でこれだけチヤホヤされるのはコスパがいい。いや本当にいいのだろうか?
どんどん運ばれてくる料理や酒だが、これがもしもサービスではなかったらどうしようと考え始めた。すでに軽く1万は飲み食いしている。新手のぼったくり居酒屋だったらどうしよう。店をよく知らない人を英雄に祭り上げて金銭を巻き上げるタイプの斬新な居酒屋。なんだか気持ちよく払ってしまいそうな気すらする。とにかく僕はいい時間を過ごして、かなり酔っ払ってお会計に進んだ。
「2000円です!」
なんと瓶ビール1本とお刺身盛り合わせの代金しか請求されていない。ゴキブリを掴むのがざっと8000円分の価値に換算されるらしい。あまり英雄になったことがない人に向けて一度英雄になった気持ちを書いておくと、なんだかその店には今後入りにくい。過去の栄光を引きずるみたいな感じになってしまったら恥ずかしい。小学生の頃ドッジボールで活躍した時の話をし続ける変わった人みたいになってしまいかねない。
とにかくそんな感じで、僕は小さな寿司居酒屋で英雄になった。