スノボーを侮っていた

僕は今年スノボーを始めた。スノボーは雪ヤンキーのような人たちがやるオラオラ系のアクティビティだと思っていた。今年大きなきっかけがあり、僕はスノボーを始めた。大きなきっかけについてまずは書きたい。雪ヤンキーは海ヤンキーのような言葉として使うことができるので、ぜひ使ってみて欲しい。ヤンキーにも多様性があるのだから。

「明日スノボーに行かない?」

毎年誰かしらからくるこのセリフが、今季はやけに輝いていた。いつもならこれまで通り断っていたが、今回は断らずに行くことにした。これは大事件である。レンタルなんてものがあることを知らなかった僕は、スポーツ用品店に行って一通り揃えることにした。必要なのは板とブーツとビンディング(板とブーツを固定する部品)だ。これがまあ高い。全て合わせて、14万円近くする。僕はスキル:巧みな交渉術を使い、店員の従業員割なども使ってもらい7万2千円まで値下げをすることに成功した。なんでも言ってみるもんである。

ウエアなんていうのは、下手な僕はワークマンで十分。これらは狩猟に使うので、すでに持っていた。下手な人がかっこいい服なんて着てたら、恥ずかしいだけだ。

そして第一回の記念すべき滑りの様子を見てほしい。

これは別に遊んでいるわけではないし、背中で滑ろうとしているわけでもない。全く思うように滑れない。なんとなく掴めそうな感じもない。しかしなんだか楽しい。この上手く行かなくて悔しい感じはとても楽しい。食堂のカレーも下界では大変まずいのだろうけど、圧倒的なロケーションがスパイスになってとてもおいしくなっている。なんやかんやで僕はスノボーが好きになってしまった。

それからの1ヶ月、僕はソロで10回ほど通った。仕事前に8時から滑ることもあった。ビンディングの角度を調整し、最適な姿勢を探った。事前に勉強した上で雪面で検証し、リフト移動中に反省して改善のための再検証。この雪上のPDCAを回す作業が大変に楽しい。僕は今のところ前足30度、後ろ足15度に落ち着いている。

時には集団で来ている雪ヤンキーどもを羨ましく思うこともあったが、僕はソロで検証を続けた。そして滑り方がこんな風に変わった。

気づけばウエアはモンベルになり、ゴーグルがオンされ、ヘルメットもプットオンされた。インナーや靴下に至るまで洗練されていった。こうやって趣味にお金が消えていく。しかしそれらは決して無駄なものではない。

そういえば撥水ウエアをどれくらいの頻度で洗ったらいいかという質問をモンベル店員にかけてみた。すると「理想は毎回」という回答が返ってきた。構造的な話にはなるが、撥水基という極小の毛のようなものが繊維表面にはあり、それが水を弾いている。撥水基は塵などの汚れをためてその機能を失っていく。汚れはだんだん酸化して繊維を劣化させる。ということなので超洗った方がいい。撥水基は熱で回復するので、中性の洗剤で洗った後、乾燥機にかけるとすぐに復活する。それはもうものすごく弾く。僕はこの手入れが大好きなので手入れするためにスノボーをしている節すらある。自転車にも手入れをするために乗っているようなものだし。

ある日スノボをしていたら、前の方で小学校低学年くらいの男の子がゴーグルを落とした。僕はゴーグルを拾って彼を追いかけた。

「落としましたよ」

こういうと小さな彼は、

「僕着けられないんですよ〜。着けられないんですよ〜」

と言った。そう言っておもむろに頭をこちらに近づけてきた。この図々しさはたまらん。僕はゴーグルの雪を払って、ゴーグルを頭に着けてやった。なんてお礼を言ってくるかなと楽しみにしていると。

「本当に着けられなかったんですよ〜」

普通のお礼より大変面白いので僕は笑ってしまった。以下は彼との短い会話だ。

「もうガッチリ固定したから、大丈夫だと思うよ」

「でも外してしまうんですよ〜邪魔なので」

「邪魔なのかよ笑 お母さんかお父さんに預けておけば?」

「母はいないんですよ〜、おばあちゃんときているんですよ〜」

「おばあちゃんに預けたらいいねそしたら」

「おばあちゃんは遠いところにいるんですよお〜」

その言い方は死んでるみたいじゃないか。ですよ〜だけで会話する小学生に関心した大満足の一日だった。

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