師匠、殺気を感じろ

僕が居合道をやっていた時の話がある。

夢想神伝流という流派の道場があった。「夢想神伝流」というイカれた名前からくるインチキ感が気に入って迷わず入門した。

元々剣術というのは人を殺す技術だ。居合道は言ってみれば刀業界の護身術のようなもので、刀を腰に刺した状態から、相手から急に殺されそうになったときに瞬時に相手を切り捨てる型を学ぶ。師匠から習う際に、真剣の切っ先を向けられるのだけどこれが結構怖い。どれくらい怖いかと言うと、散弾銃の銃口を向けられた時くらい怖い。なんせ師匠は75歳。発作が起きて切っ先が襲いかかってこないとも限らない。

殺気を感じるという言葉がある。

しばしばアニメや漫画のキャラクターたちは、見えない場所の敵から投げられたり撃たれた何かを、直感で避けたり受けたりする。この世界に生きる僕たちにとってもそれは例外ではない。居合を少々嗜む僕でさえ、東南アジア放浪中に野犬がこれから追いかけてくるという時に察知して逃げることができた。

居合道の師匠なら一体どれほどのことが出来るのだろうか?疑問に思ったらもうおしまい、やってみるしかない。

僕は翌週の稽古の日に、ドキドキしながら袴のポケットに消しゴムのちぎったやつを忍ばせた。大体大きめの黒豆くらいの大きさのやつだ。立膝から始まる中伝、浮雲という技を練習したのちに満を辞して消しゴムを投げつけた。

「なんだっ?!?!」

後頭部に当たった消しゴムが道場の床に悲しく転がる。こんなていたらくで僕の師匠とは笑わせる。

「何をするんだ君は!!!!」

僕は師匠と兄弟子の県庁職員の岡田という男の二人からこっぴどく叱られた。僕はその時二人ともハゲているなと考えていた。岡田はメールアドレスに『okada_dragon』と入っているような恥ずかしい男だ。

「失礼なことをしたことは謝ります。僕は師匠クラスになると、殺気を感じて消しゴムを避けるかキャッチするかするもんだと思っていました。本当にすみませんでした」

「私は殺気なんてものはわからないよ。でも消しゴムに殺気とかっていうのは込められないと思うな」

言い訳言いやがったなと思った。メールアドレスにドラゴンが入っている岡田は怒っていたし、師匠はなんだかヘラヘラしていた。

僕はその時居合とはまた違ったアプローチで、見えない攻撃を避ける術を身に着ける必要があるなと思った。

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