このつまらない人生にユーモアを

僕は日常を面白おかしく考えたり、切り取ったりすることが好きだ。

その日起きた事に対して思ったことや考えたことを文章にまとめる作業は頭の整理に役立つ。これが役立っているのは、せいぜい日常会話くらいだ。僕が関係しているビジネスでそれが全く生かされていない。僕は最近、せっかくなら仕事にもユーモアを取り入れるべきではないかとずっと考えている。

”人を和ませるおかしみ”がユーモアだ。社会人1年目の頃僕は、行きつけの飲み屋さんでとある会社の役員おじさんにこんなことを言われた。

「ユーモアや遊び心を持って仕事をするやつが出世するんだよ、君も頭の片隅にでも置いておくといい」

正直このおじさんにユーモアを感じたことはなかったのだけど、この言葉は強く印象に残っている。メモに残しているくらいだ。同じくらいのクオリティの仕事ができる場合、つまらない人よりも面白い人が優秀だと感じる人が多いだろう。面白い人は周りを良い雰囲気にしてくれる気がする。

ユーモアの話からは少し外れるけど、世の中には近くにいると空気が良くなるからと言う理由で、お金を払う人がいる。少しスピリチュアルな領域だ。高校生の頃に出会ったmaiさんという謎の女性がいた。本名も素性も全て不明。今でも謎なまま。ブログを読んでメールをすると、翌々日に飛行機で東京から会いにきてくれた。

彼女は自分でビジネスをやりながら、誰かの周りの空気を良くする人としてお金を稼いでいた。大きな飲料会社の役員はmaiさんのためだけに東京の広尾にマンションを買ったらしい。僕はそこに遊びに行ったことがあるんだけど、空気をよくするためだけに一人の女性に6部屋もある高級マンションを買い与える気持ちはわからなかった。maiさんは時々気が向いた時にオフィスに行って、おじさんとビジネスの話をするだけだ。他の仕事は一切しない。決して愛人などでもない。偉い人をちゃん付けで呼ぶ20台後半の女性の姿に僕は少なくない衝撃を受けた。

大学生になってしばらくして、maiさんが奈良にいるということで遊びに行った。びっくりするほどの田舎だった。そこではedさんという50才くらいの男とmaiさんと二人が暮らしていた。二人は英語でやり取りをする。そして無許可の民泊を経営していた。ちなみにedさんは純日本人でロン毛だ。「ご飯も寝床も用意するから、空き家のリノベーションを手伝っていきなよ」と言われたから、僕は1ヶ月ほど大学を休んでそこに暮らした。

日中は古民家の片付けや工事や民泊の手伝いをした。そして時々近所の元デザイナーだった農家の手伝いをした。土間のカマドでご飯を炊いたり、鶏がその日産んだ卵でオムレツを作ったのはそれが初めてだった。夜は毎日入れ替わりで滞在していく外国人達とお酒を飲んだりカードゲームをしたりした。なんでも自分でやってやれないことはないというのはここで学んだような気がする。丁寧に生きるっていうのはこういうことかもしれないと僕はこの生活の中で思った。あえて不便な生活を選ぶというのは、丁寧に生きるということでもあるのかもしれない。

コーヒーのロースターをしているedさんは毎日コーヒーを淹れてくれた。びっくりするくらい美味しくて、僕はそれがきっかけでコーヒーが好きになった。パチパチと焙煎されるコーヒー豆からはとっても良い香りがするし見ていて飽きない。edさんは朝コーヒーを飲み終えると、決まって階段に設置されたワインの樽からワインを注いで飲んでいた。そのあと何もなかったかのように革ジャンを羽織って、バイクで市内のロースター店に向かっていた。edさんはよく甘ったるいタバコを吸っていたけど、しばらくしてそれがマリファナだと知った。奈良の法律って他所と違うのかしらと僕は真剣に考えたのを覚えている。

これが雰囲気をよくする人とのエピソードで、元々書く予定だったビジネスの話には戻れそうもない。

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